極限状態において。

走行中の新幹線で凄惨な事件が起きた。

ぞっとする。

こういうことが起こるといくつか脳裏をよぎる事がある。


ひとつは。

もし、自分がその場面に直面した場合、自分はどのように行動するだろうか。

悲しいことに立向かっていった男性が命を落とすことになってしまった。

自分は、犯人に立向かうことができたのだろうか、足がすくんで傍観者になるのではないか。

帰りの電車のなか、ずっと考えていた・・・が、自分のとる行動の答えはでなかった。

答えはでないだろう、きっと、でないだろう。

立向かっていって後悔するのかもしれない。

傍観者になったら間違いなく後悔するだろう。

そんなとき自分はどうするのだろう。

「自分自身」を試されるときがくるのだろうか。


ふたつめは。

オレはこんなこと・・・するかもしれない・・・。

こんな凄惨なこと、と思っているが、日常生活で腹立たしく思うこともある。

いつか感情が爆発するのではないか、ヤケッぱちになったときにオレは何をするんだろうか、という心配。

「怒り」は感情だけにとどめて、行動は起こさぬように。


このような事件が起こるとセキュリティ云々という話になる。

飛行機並みのセキュリティチェックをしたのなら新幹線の利点を殺すこととなる。

やはり、乗客のモラルにまかされる世の中であってほしい。

辛いなぁ・・・辛い・・・こういう事件は精神的に辛い。

いつの時代も事件がなくなることはない。

でも、減っていかないものなのか、人間はいつの時代も進化しないのか。。。

辛い。

犯人の憂さは晴れたのか・・・なんてことをしてしまったのか、と後悔するのか。

どちらにしても、この犯罪の償いようはない。

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